「白衣を脱いで——ママ友ドクターになるまで」 第1回 自閉症きょうだい児だった私

6月は私のバースデー月間を記念して特別連載レターです。今日は知られざる幼少期と海外在住の頃の話まで。
ママ友ドクターゆみ先生(発達専門小児科医・西村佑美) 2026.06.02
誰でも

📮 ママ友ドクターからの手紙 ── 特別連載

「白衣を脱いで——ママ友ドクターになるまでの話」

第1回 自閉症きょうだい児だった当時の私。

***

Dear Parents、

みなさん、子育てお疲れさまです。今日は当初の予定を変更し、いつもと少し違うお手紙を書きます。相談へのお返事でも、育児のコツでもなく、私自身のことを書きます。

6月は私の誕生月。

「ゆみ先生ってどんな人?」「なぜ白衣を脱いで、診察室の外にいるの?」

そう思ってくれている方に、改めて少しずつ話していこうと思いました。

全3回のシリーズです。ゆっくり読んでもらえたら嬉しいです。コメントもお待ちしております(^^)

***

私は宮沢賢治でおなじみの岩手県で生まれ、宮城県仙台市で育ちました。

勤務医の父に、専業主婦の母。2つ上の姉、私、3つ下の弟の5人家族。

姉は、重度の知的障害を合併した自閉症でした。

私はいわゆる「きょうだい児」として育ちました。

(現在、正式には「自閉スペクトラム症」と呼びますが、このレターでは「自閉症」という表現を用います。)

にぎやかすぎる、私たちの家

姉が靴を履かずに庭を走り回ったり、油性ペンで太ももに落書きしたりするのを、私は面白がって過ごしていました。弟はいつもぴょんぴょん跳ねて走り回っているような子で、我が家はいつも本当ににぎやか。3人とも自由奔放に遊ぶので、部屋の中は常にめちゃくちゃでした。

姉からは時々おもちゃを投げられたり、車の中で髪の毛を思いきり引っ張られたりすることもありました。楽しかったり、おびえたり、感情が追いつかない日もありました。

3人の子育ては、子どもの私から見ても明らかに大変。私は幼いころから自然と母に気を遣うようになっていきました。

母に甘えたい。でも、甘えてはいけない。

目をキラキラさせながら自由にふるまう姉や、元気に走り回る弟がうらやましく思えることもありました。

でも「母にかまってほしい」という寂しい気持ちを、母に迷惑をかけない子どもであることで満たしていたのかもしれません。

裸足で走り回る姉、楽しそうに追いかける1歳頃の私。

裸足で走り回る姉、楽しそうに追いかける1歳頃の私。

「愛情不足のせい」という、間違った世界

当時は今のようにSNSもなく、情報収集もままならない時代。それでも母は「自閉症もいつか治るだろう」と、おおらかに構えていたのかもしれません。

手のかかる姉を含む3人の子どもを育てながら、母がイライラしていたという記憶が、私には全くありません。

「部屋がきれいかどうかよりも、あなたたちが楽しそうにしているほうが大事だったのよ」

そう言っていた母でした。

けれど当時は、自閉症の原因は「親の育て方のせい」「親の愛情不足」だという、今では完全に否定されている間違った考えが、社会に広く浸透していた時代でした。

「あなたの子育ては愛情不足なのよ。だから親子の愛着を育む『抱っこ療法』を試してみなさい」

母は渋々、勧められた療法を試しましたが、姉が嫌がっても無理やり抱っこを続けるそのやり方に、疑問しか感じなかったそうです。

姉の様子を側で見ていた私は、幼心にこう確信していました。

絶対に、親の愛情不足なんかじゃない。

それでも行き渡ってしまった誤解は、母を何年も何年も苦しめました。

そして一方で私は、親戚からこう言われていました。

「お姉ちゃんが障がい児で、妹のあなたはかわいそう。あなたはよく頑張ってるわね」

いや、別にかわいそうでもないし。特別頑張ってもいないんだけど。

なぜみんな、そんなふうに「かわいそう」と決めつけるの?

私は、私たち家族に向けられるその視線に、強い違和感を感じるようになりました。

そしてひとつ、納得いかなかったのは、当時の姉は周囲の大人が思っている以上に物事を理解した上で自由な行動を取っていたのに、そう理解しているのは私だけでした。

姉は、言われたことは何でも理解しているんだと私には分かっていました。

だからこそ幼児扱いされると癪に障って、騒いでしまう。それでますます周りの誤解が進むという悪循環を見て、「もう、お姉ちゃんを小さい子扱いしないで!年齢相応に話しかけて!」と、姉の代わりに私が怒っていた記憶があります。

 こうした母や姉への無理解への悔しさをバネに、子どもやお母さんに最も近くで寄り添う医者になろう!という想いに繋がっていきます。

母に抱きしめられる姉と、弟を抱き抱える笑顔の私。

母に抱きしめられる姉と、弟を抱き抱える笑顔の私。

東欧ブルガリアへ

小学4年生の時、父の仕事の都合でブルガリアに引っ越すことになりました。

東ヨーロッパの情勢が不安定な時代。現地での生活がどうなるかもわからない中で、母が最後まで悩んだのは、もちろん姉のことでした。

環境の変化に人一倍敏感な姉を、言葉も通じない海外に連れていくことへの不安。偏食をクリアできる食べ物が手に入るかどうかもわからない。そのうえ、幼い私と弟の面倒も見なければならない。ネットもない時代、情報は全く入ってきません。

最終的に姉は1年後に環境が整った頃に合流することになりました。

でも、その代償はあまりにも大きかった。

どうせ分からないだろうという周囲の思い込みから、十分な説明もなく家族と離れ離れになった姉は、待てども待てども家族が帰らない状況に、非常に大きなショックを受けたのでしょう。

あんなに元気だった姿が嘘のように、姉の目から光が消えていました。

我が子のそんな姿を見て深く傷つき後悔する母に、まだ子どもだった私は、何も言うことができませんでした。

***

「目の前の人をひとりの人として見る」ということ

私がブルガリアで通ったインターナショナルスクールは、アメリカ、イギリスだけでなく、ヨーロッパ各国、アジア、ロシアや情勢が不安定な国々も含めた、20〜30カ国の子どもたちが通う多国籍な学校でした。

先生たちは、国籍を超えた個々の特性をとことん大切にして、一人ひとりと接してくれました。

今でも印象に残っているのは、自分の容姿へのコンプレックスを口にした私に、先生がこう言ってくれたことです。

「手足の長さや顔立ちは、欧米人の友人には到底かなわない。アジア人の私は美しくない」

そんな内容のことを私が言うと、先生はすぐに首を横に振りました。

「そんなことはない!あなたはあなただから素晴らしいのよ」

日本の学校とは全く違いました。国籍も文化も習慣も違う子ども同士が集まるその環境で、私は「目の前の人を。一方的に決めつけず、ひとりの人として接することの大切さ」を、体で学びました。

「かわいそう」と決めつけられることへの違和感。

姉や私をひとりの人間として見てくれる人への安堵感。

そのどちらも、きっとこの頃の経験が土台になっています。

中学までの時間を過ごした海外生活は、私の価値観をガラッと変えてくれその当時の経験は今でも原動力になっています。

中学までの時間を過ごした海外生活は、私の価値観をガラッと変えてくれその当時の経験は今でも原動力になっています。

これを読んでくれているあなたへ

このシリーズを書こうと思ったのは、私のことを「ゆみ先生」としてだけではなく、同じ景色を見てきた一人の人間として知ってもらいたかったからです。

「かわいそうな子ども」ではなかった。

特別に頑張っていたわけでも、たぶんなかった。たしかに無理していたのかもしれないけれど、

ただ、にぎやかで、めちゃくちゃで、泣いたり笑ったりしながら育ちました。

その原点が、今の私を支えています。

次回は、私が医師になろうと決めた夜のこと、そして白衣を脱ごうと決意した日のことを書きます。

ママ友ドクター®ゆみ先生

***

P.S.

次回の「白衣を脱いで」第2回は、「医師になった私が、白衣を脱ごうと決めた夜」までお届けします。

お楽しみに。

P.S.2

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